TEXT:荒金良介
── 「SUMMER CAMP 2004」では渋谷O-EASTが復活しますね。
マサ改装して出来上がったんですよ。渋谷O-EASTが復活したのにやらないのはおかしいし、でもチッタにはお世話になってるから、渋谷O-EAST始まりのチッタ終わりのイベントにしたんですよ。今でも名前を聞くバンドは、この年から結構増えてますからね。04年にオープニング・アクトでS.M.N.に出てもらったのを覚えてる。
── 04年はミクスチャーやスカというより、メロコア色がより強くなってますね
ヨッキ確かに色はガラッと変わった印象はありますね。時代が変わったことも大きかったのかもしれない。お客さんもこの時期くらいから世代が変わったんじゃないかな。
マサこの頃にネットがだいぶ普及して、シーン自体が変わってきた印象はありますね。
ヨッキこれ言っていいのかわからないけど、イベントに対しても純粋に楽しいだけじゃなくなった気がする。バランスを取るようになったと言うか。
マサ最初はお客さんの気持ちから入ってるから、お客さんが望むものを自然と出せた気がするんですよ。自分たちも若いし、目線が同じですからね。段々とお客さんとこっちにギャップが生まれて、考えないとできなくなった気がする。俺が26歳で、ヨッキが29歳で、二人とも音楽業界で仕事をするようになり、良くも悪くもいろんなことを考えるようになったんですよ。お客さんの楽しさにベクトルを合わせるためには、ちゃんと考えないとやれなくなりましたね。
── 具体的にはどんなことを?
ヨッキブッキングを含めてイベント全般ですね。
マサ混ざり合わないものを一緒にやるというコンセプトは一緒だけど、僕らとお客さんが思うミックス感が擦れ違ってきたから。これは俺の感覚だけど、世の中があまりミックス感を求めなくなってきたのかなと。一つのバンドをじっくり観たい。そういう風潮になったのがこのあたりですね。それで自分たちも難しくなってきたのを覚えてます。
── それでラインナップも出るバンドのジャンルにも自然と統一感が出てきたと。
マサシーンも細分化した時代に入りましたからね。
ヨッキシーン全体の動員も減ってる時期で、ワンマンならお客さんは入るけど、イベントは厳しいみたいな。それは以前が異常な盛り上がりだったからかもしれないですね。
2005年以降の続きはVol.5にて!
Vol.3〜4はゲスト招いての特別対談!